さようなら群数列

2016年 10月8日 土曜日 午前中は大雨、午後は晴れ

剛君(小6)です。
f0024310_2133265.jpg

通常は平日夕方授業ですが、今日は土曜日でゆっくり過ごしたこともあり、いつもよりずっと元気にやってきました。

過去問2ケ年度分と、それとは別に図形や角度のプリントもやります。
いつにない大量学習が出来ました。

ところが、同じプリントを何周も繰り返しているからか、途中チラチラと私の様子を窺っているではありませんか。
こんなことは初めてです。

場の顛末が予測できる年齢の子どもが、わざと「ダラダラする」「グズグズする」「注意力散漫になる」「さっき教えたばかりのことをまた間違える」ことはありません。

そうなってしまう理由はカンタン。
頭の中に、解く回路が出来ていないのです。

剛君、明らかに肩身が狭く思っている様子です。

「アハハ、私の様子を気にするとは珍しいね。でも時間がもったいないから、考えているポーズは必要ないよ。分からなかったらすぐに言って。私は何度でもぜひ教えたい。そのために頼まれているから。」

私がこの仕事を自分に合っていると思えるのは、「何かを伝えよう、分からせよう、分かって欲しい」ときに、そこに全く感情が加わらないという点です。

教える先生は熱意があって熱いのが良いともいえますが、良くも悪くも、熱くなりません、というか、なれません。

20周(期間にして3ヶ月ほど)同じ問題を繰り返しても定着しない場合は、深追いをせずに外します。別の言い方だと「打ち切り」ます。

剛君の場合、それは群数列でした。

この三ヶ月間、理解ではなく「型」として丸暗記することから抜けだすことが出来ませんでした。
レベル的にはもっと難しいほかの単元が解けるというのに、不思議です。

毎度同じ問題なので、自分でも「またか」と思っていたのでしょうか。

いいよ、これは今後外そうね。

その時間に、他の問題をやったほうが有益だからね。

今まで見てきた子どもたち全員が、「出来ない・わからない」ことをとても引け目に思っています。

出来ないこと、わからないことに対して、相手に非難がましい気持ちが潜んでいると、人間はそれを反射的に隠そうとします。

その思いグセが抜け切れないので、どの子も暫くは「いったいこの人はいつ爆発するのか」と心配な面持ちですが、ともに学習を重ねていくうちに、それが少しずつ薄れて、なんのてらいもなく「分かんない。教えて。」と言えるようになります。

強いて言えば、こんなときに一番うれしい気持ちになります。

自分を良く見せようとする気持ちが消えたとき、物事は違う方向に回り始めます。


クリックよろしくお願いします!


にほんブログ村 受験ブログ 中学受験(指導・勉強法)へ
by youkosodesu | 2016-10-08 20:14 | 剛君
<< 2017年度のご案内郵送します 小学低学年をお持ちの保護者の皆様へ >>