ほんの洋服の記事が、ここまで書くことに及ぶとは。
つづき テストの点が悪ければ母はとても機嫌が悪く、家中が暗くなりました。 “勉強”が、母を喜ばせる手段になった時、同時にその興味も失いました。 大学卒業の日、「やれやれ、これで大嫌いな勉強とは縁が切れた。これからは会社と趣味に没頭だ」と開放感でいっぱいでした。 結婚後、娘が入学を迎えても、自分のやりたいことがいっぱいのため、勉強に対して意識を傾けたことがありません。 本人が必要と思えばやればよいし、ずっとその気持ちが芽生えてこなければ、それはそういう人間なのだから、他の道を探せばよしと思っていました。客観的に見ているというよりは、正直にいうと「勉強の世界はもう結構」という気分が強かったのです。 それが、姪に教えたちょっとしたことがきっかけとなって、5年生秋から受験勉強を娘とともに始めることになったのです。 正解でも嬉しい。間違っていても嬉しい。どちらが先に正解できるか、どちらが先に先生役を勝ち取れるか。 生まれて初めて勉強を楽しめました。 中学受験の勉強は楽しすぎて、私にとってほとんど遊びに等しいものでした。 ほぼ全員のお母様が、自分の子には無理と断言している「学習時、ついカッとなって怒る」気分には一度もなりませんでしたし、何故お母様方がそうなってしまうのかも、いまだに分かりません。 やらせたいと思う側が、やりたいと自発的に思っていない小学生を動かそうとする場合、やらせたい側に当然「工夫、歩み寄り」が必要です。 簡単に言うと「面白い、楽しい、この人と一緒に勉強したい」と思ってもらう努力を、やって欲しい側がしないといけないのです。 それが出来ない、やりたくない場合は、「ご本人が自発的にやり始める」まで待つのが一番です。 優しさに満ち溢れているわけでもないこの私が、この点にだけはまったく短気を起こしません。これが私の天職だ! よーし、この私が授業をしよう。 娘の受験が済んですぐ、募集しているわけでもない塾を、履歴書片手に一軒一軒訪ねてまわりました。 これが家庭塾の始まりです。 結果的に、あれほどいやいややっていた“勉強”に舞い戻ってきました。 しかし今「子どもに共感して寄り添う」という大きなおまけが付いています。 今となっては、遠回りしながらも、私をこの道に導いてくれた母に感謝しなければ、と思っています。
by youkosodesu
| 2009-11-16 21:53
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