以下4件まとめました。
(合格記は、各人の終わりのところに「入り口」をつけたので、そこからご覧いただけます。) お別れお食事会第一弾です。(和食店にて) 海子ちゃん(小6)です。 近隣アジア某国から、帰国のたびごとに通ってくれました。 通算20時間内外の指導時間ですから、日頃は現地進学塾の先生方にお任せし、私の役目はここで何かを教えると言うよりは、もっぱら“弱点探し”です。 これはお母様のご協力にかかっていました。 帰国間近になると、せっせと出来なかった問題と、本人の書き込みのある答案用紙をパソコンに送ってくださいます。 それを見て、海子ちゃんの弱点はどこにあるのかを探ります。 そして補強にふさわしい問題を準備します。 さらに、学習ご報告に際しては「四谷〇〇教材の△ページと◎ページの問題をやること」のように、なるべく具体的にやるべき指示を出すように意識しました。 4年生時から、「〇〇中に受かりたい」という意思がはっきりしていたため、途中「勉強がいやになっちゃった。」や、「スランプで行き詰まった。志望校変更するかも。」はまったく無く、いつも努力のお嬢さんでした。 最後に「家庭塾に来て役立った、良かったと思うことをここに書いてね。」と頼みました。 とても大人っぽく見えるのですが、「そういえば海子ちゃんは、まだ小6だったんだ」と納得する可愛いことを書いてくれました。 海ちゃんが書いてくれたこと 1.犬もお菓子もあって、すごく落ち着いて出来た。(犬があるって??) 2.飲み物がおいしかった。 3.教え方が自分にあっていた。 海子ちゃんとの軌跡はこちら お別れお食事会第二弾です。 本日はV母様です。 合格した中学を、「とてもVに合っている」と喜んでいました。 出会いは一年前です。 私は2年前に、小学一年生と二年生に向けた「低学年枠」を作りましたが、保護者の皆様へのご家庭指導の要求度が高すぎて、「こりゃー、みんなついて来れないわ・・・」と感じ、学年を3年生に絞ったばかりでした。 そこで「受験指導をする」という初心にかえり、ちょうど木曜日の3時半枠に、狛江市の私宅に到着可能な高学年受験生を探していたのです。 ところが、なかなかいないのです。木曜日の3時半に学習を開始できる5,6年生が。 そこへ申し込んでくださったのがV家でした。 普段はほとんどパソコンをしないのに、この2週間必死で探しました。 当初、「個人家庭で行っている受験塾」は、しつけも含めたあらゆる意味で厳しい印象を持っていため、躊躇がありました。 しかし、全部のブログを読み終わったとき、「この人なら、うちのVを断らずに引き受けてくれるかも」と、ピンと来るものがありました。 それは、勉強以外のいろいろな面に、大雑把な感じを受けたからです。 このお母様、読みが深い。 壊す、こぼす、汚す、破る、姿勢の良し悪しなど、ぜんぜん気になりません。 一番ひどいのが、生徒さんではなくこの私だと思っていますが、こちらがやるわけにはいかないので、かろうじてぎりぎりのところで踏ん張って我慢しています。 何度寝転んで勉強をやりたくなったことか・・・ そのたびに、イカンイカンと自分を叱咤しビシッとするので、過度にやりすぎて、かえって厳しい人物に見えるという、いいんだか悪いんだか分からない結果に陥っています。 とにかくここに来るみんなには、「長時間勉強するんだから、リラックスしてやってね。誰かの為にやるんじゃなくて、自分の勉強だから、自分が長丁場に耐えられるようにしてね」と言っています。 たった一年間のお付き合いでしたが、良い結果になって私も本当に嬉しいです。 V君、お母様、お元気で。 11ヶ月の軌跡はこちらです。 お別れお食事会の第三回です。 N君お母様です。 合格おめでとうございます。 N君は終始算数を楽しそうに勉強していました。 安定した位置もキープしていました。 「当塾に通う必要はない」と、何度か提案したのですが、「私のこころの安定に」と、お母様からのたってのお申し出で、月に2回最後まで通ってくれました。 算数だけを考えると、どこでも好きな学校を受験できそうな勢いでしたが、待ったをかけたのが「国語」でした。 あるときはすごく良い、またあるときはえーーっ??という結果で、どうも安定しません。 良い時の平均偏差値は御三家並み、そうでもないときはぐっと下がるため、受験校を決める時に迷いがでました。 「将来の受験生の親御様に、ぜひ伝えてください」と、N母様からの実感のこもった助言です。 苦手科目を作らないように。 しかし、これが一番難しい・・・ N君との軌跡はこちら 卒塾お食事会の最終回です。 手毬ちゃん(仮名・小6)は、実は昨年秋の(私立小)内部進学テストの合格を機に、家庭塾を辞めています。 彼女は神奈川県から二年間一人で、電車とバスを乗り継いで通ってくれました。 久々に会うのが楽しみです。 しかし会うと、ほんの1週間前に会ったような錯覚にとらわれるほど、すぐに二人の感覚が戻りました。 食事後、手毬ちゃんが「先生、うちに寄ってぇ~♪ ママは居ないけど、許可をもらっているから。」と誘ってくれたので、よその住まいを見るのが大好きな私は、大喜びで付いていきました。 でも夕方からの授業を控えているので、ほんの30分ほどでおいとましなくてはいけません。 早々に帰り支度をしました。 「じゃ私も、犬の散歩がてらそこまで送っていくよ」 犬があちこちクンクンするので歩調が合わず、そのうち「先に行くねー」と手を振って別れました。 何度も振り返り、何度も互いに手を振りあいました。 それは、授業が終わって、バス車内の手毬ちゃんを見送る時と同じ光景でした。 少しカーブにさしかかったところを最後に、振り向いても手毬ちゃんは見えなくなりました。 自分でも「泣くなぁ・・・涙出るぞ出るぞ・・・マズイ」と思っていたら、やっぱり涙が鼻水とともに落ちてきました。 今まで、生きて会えることは当たり前と思っていましたが、今回の未曾有の災害を通して、そんなことはないことがよく分かりました。 会えたこと、すごく嬉しかったです。 また、今回の為に、快く学習時間の移動に応じてくださったP君、ありがとうございました。
by youkosodesu
| 2011-03-28 11:27
|
以前の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||